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教育に関心を持つ日本一周ヒッチハイカーが儚き世を刹那的に楽しみ、明日も最高に立ち向かうための考えを発信していきます。

精神的自由を得るために必要な2つのこと

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こんにちは!ウチダトモヤです。

僕は旅が大好きです。

日常の現実から一旦離れて.....見たことがない景色を見て.....

色んな人に出会って.....新鮮な経験をして.....

旅に出ると、自分の感性が磨かれて、自分の凝り固まった価値観が良い意味でリセット・更新されます。

 

さて今日は、ちょうどヒッチハイク日本一周旅を終えて2週間経った僕が感じた、人が自由に生きるために大切なことをまとめていきます。

 

旅は「自由」、人生も自由...?

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旅ってどんなものかっていったら、自分で行きたいとこを決めて、自分で食べたいものを食べて、自分で経験したいことをする。

つまり、自分全部自由に旅をデザインするものです。

 

僕はヒッチハイクや自転車旅を含め、基本的に無計画の旅が好きです。その時にやりたいことを好きなだけするスタイルです。

隣県まで行って遊ぶつもりが、その手前で見つけた気持ち良さそうな草原でゴロゴロして昼寝して帰ってきたなんてこともありました。(ただの怠け者か笑)

 

ただ、こんな風に旅をしていると自分は何でもやりたいことができるわけで、

旅は、「人が本来自由である」っていうことを再認識させてくれるわけです。

 

じゃあ、この「旅」「人生」に置き換えると、どうでしょうか?「自分の人生は自由である」と言えますか?

僕は、ずっと言えなかった。

 

「人生が自由でない」と感じる人の理由

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人生も、旅も、自分で自由にデザイン出来る点において性質上似ています。「人生は旅」とも例えられますね。

ただ、旅から人生になった途端、自由を見失う人が多いのは残念ながら事実です。

 

その理由はとてもシンプルで、

自分の想い(やりたいこと)素直に実現していないからです。

つまり、自己実現が出来ていないということです。

 

逆に言えば、自分の想い(やりたいこと)に素直になり自己実現の道を歩めば、人生は自由な感覚を持てるようになります。

 

旅を思い出してみましょう。旅で精神的な自由を感じる時は、自分の気持ちを素直に聞いてあげて、自分のやりたいことをしている時です。

 

今の日本では、自分の想い(やりたいこと)が分からないっていう人が多いのかもしれません。ただ、想いは必ず自分の内側にあります。

プライドが高かった僕も、自分の弱みを認めて、自分と向き合うまでずっと自分のやりたいことが全く分かりませんでした。

 

やりたくもないことを、仕方なくやっても、精神的な自由は得られないと僕は思います。そこには、必ず意志に反した束縛が生まれるから。

 

全ては自分次第!  精神的な自由を取り戻すために必要な2つのこと。

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精神的な自由はいつでも取り戻すことが出来ると僕は考えます。

それには、次の2つのことが必要です。

自分で自分を肯定すること

自己実現に踏み出すこと

 

自由と感じる主体は、自分であって、自分が自由と思えばその時点で自由なわけです。

つまり、自由と感じるかどうかは、外部環境の問題ではなく、自分の内側(①、②)の問題といえます。

 

逆に、自由でないと感じている人は、が欠如していて、「自分で自分を制限している」状態なのです。

 

①自分で自分を肯定すること」と自由の関係

僕はずっと自分で自分を縛って生きてきました。小っちゃい頃から、厳しい環境で育って、自分を肯定する力が無かった僕は、変に高いプライドを持って、自分を否定して理想を追い求め続けていました。

だからずっと、「こうするべきだ!」「こうであるべきだ。」っていうべき論で、自分に厳しく生きていました。(欠如

 

けど、この「べき」の基準って、世間の常識であったり、親・友達を含む周囲の価値観だったんですよね。全く、ここに自分の価値基準は介入していませんでした

「周りがこうだから、こうすべき」とか、「常識だからこうすべき」と考えた時点で、人は社会のしがらみを抱えて生きることになります。

 

これを、乗り越えるポイントが、「①自分で自分を肯定すること」です。

僕は、就活の時に先輩に自己分析を徹底的に手伝ってもらいました。その時に、自分が目を背けていた過去の失態や、自分自身の弱さと徹底的に向き合いました

これには、かなり時間がかかった(恐らく完全に自分を受け入れるまでほぼ3年)けど、自分を肯定することが出来るようになった僕は、自分の価値軸を持ち始め世間の常識つまらない「べき論から自由になりました。

※自分との向き合い方の記事に関してもそのうち別でまとめます。

 

「②自己実現に踏み出すこと」と自由の関係

 さて、自分を肯定する力を身に着けることが出来て、ようやく自分軸の人生を歩むスタートラインに立てます。そして、周囲の価値軸から解放された自分の心を見つめると、自分の想い(やりたいこと)が明確になっていきます

 

 自己実現に踏み出すと、旅と同じように自分の人生を自分で自由にデザインして切り拓いているという主体的な感覚を持つことが出来ます。

主体的な感覚とは、全て「自由」という土台の上に自分で生活をデザインしているという感覚のこと。

 

僕自身も、自分の価値軸を確立して、想いが明確になった後、精神的な自由度がとてつもなく増したように感じています。

 

旅はメンテナンス

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今回僕は旅に出たことで、人生は自分の意志で決めてよくて、楽しくワンダフルなものだと再認識しました。

狭い世界の常識に順応してた自分に再び大切な気付きを与えてくれました。

旅は感性のメンテナンスで、これからも定期的に行いたいと思っています。

 

まとめ

今回の内容をまとめます。

  1. 旅は感性のメンテナンス。
  2. 人生も旅も、本来は自分自由にデザイン出来るもの
  3. 精神的な自由を得るかどうかは、全て自分次第
  4. 精神的な自由を得るためには、自分で自分を肯定すること自己実現に踏み出すことの2つが必要。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

自分を肯定する方法自分の想いの見つけ方、自己実現に踏み出す方法等については、また別の記事でまとめていこうと思います。

質問等あれば、お気軽にどうぞ。

都会の人は冷たくて田舎の人は温かい...?のカラクリを考察

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こんにちは!

田舎生まれ田舎育ちのウチダトモヤです!

僕は、田舎がとても好きです。自然が豊かだし、何より凄く落ち着く。

けど、都会が嫌いってワケじゃありません。都会には色んな人いて楽しいし、東京なんかはもうワクワク感がとまらない(笑)

 

 さて、おそらく皆さん一度はこの説を聞いたことがあると思います。

 都会の人は冷たくて、田舎の人は温かい

実は僕もずっとこの言葉を鵜呑みにしてきました。

けどヒッチハイク日本一周で全国色んな地域を見ていく中で、そのカラクリがなんとなく分かったような気がします!

今日は、その考察をまとめていきます!

 

都会の人は冷たくない。冷たく見えるのは環境のせい。

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僕は、田舎も都会も『人そのもの』の本質はぶっちゃけ変わらないと思っています。

田舎と都会、どちらにも冷たい人温かい人の両者が存在すると思うのです。

 

ただ、都会の人は環境的な要因によって冷たく見える仕組みになっていると考えます。

 

 【仮説①】全体の絶対数が増えるほど、1つの相対的な価値付けは低くなる。

あくまで主観においてですが、たくさんあるものと1つしかないものでは相対的に価値の重みが変わってきます。需要と供給の関係に似ているかもしれません。

 

簡単に言うと、

東京や名古屋、大阪といった大都市や中核都市では、

人が多すぎて、人1人なんてどうでもよく見えてしまうんです。

結果として、肩がぶつかったとしても、「ま、いっか」ってなりやすい。

これが冷たく見えてしまう原因なんですよね。

 

ちなみに田舎ではこれと反対のことが起きます。

人が少ない分、1人の相対的な価値付けは高くなります。

だから、道ですれ違う時も挨拶がしやすかったり、巷での交流が起きやすいんです

 

実は、海外で会う日本人と交流しやすいのも、同じことが理由です。

めったに日本人がいない場所で、久しぶりに日本人と会ったらどうしますか?

「おおおおお!日本の方ですか?こんにちは!!」

って真っ先に挨拶するのではないでしょうか?

ちなみに、僕が一緒に日本一周した相棒も、まさにこんな感じでニューヨークで会いました(笑)

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【仮説②】人が多い環境ほど、人目を気にして虚勢が生まれる

実は、今回のヒッチハイクで僕は初めて東京生まれ東京育ちの純東京人に会いました。彼が言うには、

東京は外からの移住者が大半を占めている。そして、都会で舐められないように変に意識すればするほど、肩に力が入って虚勢を張る傾向がある。

 とのこと。

なるほど、一理ある。これも人の本質は変化してないけど都会が人を冷たく見せてしまう原因なのかと納得しました。

 

ちなみに、この虚勢を張ってしまう原因は自己肯定感の希薄さ。

日本人は、特に自己肯定感が低い傾向にあるから、

虚勢を張る周りに対して、虚勢を張るっていう負の連鎖が都会では特に起きやすいと思う。

 

 まとめ

今日の内容をまとめると、

①都会の人も田舎の人も、本質的には変わらない。(冷たい人もいれば温かい人もいる)

②都会の人が冷たく見えるのは環境のせい

i.絶対数が増えて、一人の相対的な価値が低くなっている

ii.自己肯定感が低くて人が多い都会ほど、虚勢が張られやすい

③逆に言えば、田舎が温かく見えるのも環境のおかげ

というわけで、表面だけを見ずにじっくり接すれば、都会でも田舎でも良い人がたくさんいるのが日本だと思っています。

人と人との壁が無くなって、フラットに交流できる社会になるといいなと思います。

 

依存の本質は「不安」。~依存を克服するための教育とは?

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皆さんは何かに依存したことはありますか?
 
酒、タバコ、薬物といった物質的な依存から、
交際相手への依存や、親子間での依存といった、対人関係における依存
そして、インターネットやゲーム、ギャンブル、セックスといった日常的な行為への依存まで、
現代は依存対象が多い時代といえます。
子供に多いのはやはり、ネットやゲームへの依存でしょうか。
 
今日はそんな依存を深掘り、教育的な視点での対処を考えていきたいと思います。
 

そもそも依存はいけないこと?

まず最初に依存することへの是非について、確認しましょう。
結論から言うと、日常生活に支障をきたす時点で悪だと僕は捉えています。
依存している本人が自分をコントロール出来なくて困っているから問題になるのであって、自分をコントロール出来ている限りは健全な依存状態と言えるでしょう。
 
実は僕自身も以前、スマホゲームに依存していました。
やらなければいけないことがあっても、スマホゲームをしてしまう中毒状態です。頭ではいけないと分かっているのに、気付いたら体はゲームをしていました。この時は本当に悲惨でした。完全にコントロール不能状態です。
 
 

依存の正体は「不安感」

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 僕は、スマホゲームへの依存に半年ほど苦しんでいました。その時は、ネットから情報を集め何度も克服を試みましたが、僕の場合どれも効果はありませんでした。
 ちなみに試したのは、
・ネットの利用時間を記録する&目標時間を設定する
  →記録して自分の利用時間を客観的に見れたけど、実際の利用時間が減ることは無かった。
・ゲームアカウントを削除する
  →気付いたらまたゲームアカウントを1から作っていた。
タブレットを兄の家に郵送して物理的なアクセスを断った
   →リビングにある別のアイパッドにゲームをインストールしてプレーしてた。
 
いやー、本当にやばいねこれ(汗)
結局どれをやっても効果が無い....ということはやっぱり問題の本質を捉えていなかった!
 

依存してしまうのは「不安」を打ち消すため

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ある日、勉強をしていると、いつもの様にゲームがしたくなってゲームをしようとした。その時に、自分の中である変化が起きたことに気づいた!
 
『あっ!今、不安でいっぱいだったはずの心が、快楽的感覚によって上書きされた!
 
実はこの依存状態にあった時、僕は既に働いている同年代の友達が成長しているって考えると、取り残されているようで、不安で仕方がなかったのです。
 
「俺も早く働いて成長して社会に貢献したいのに、なんで俺はまだこんなとこで勉強してるんだ....」
この不安感から逃れるために、僕自身ゲームという快楽的行動現実逃避しているのだと分かった。
 

依存を克服するためのキーワードは「充実感」

さて、問題の本質が分かりましたよ!依存の正体は漠然とした不安でした!
では、この不安を取り除くにはどうすればいいのでしょうか。 
 
僕が克服するために取り組んだことは、

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快楽的な行動を選ぶのではなく、充実感が得られるような行動を選ぶことです。

快楽的な行動は、瞬間的には心が満たされるものの持続的ではありませんそれ故、依存しやすくなります。
それに対して、充実感持続的に心を満たすため、依存しにくくなります。
 

行動を見直す

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 実際に僕が行ったのは以下の通りです。
他者貢献を軸とした行動を増やす
 (家事を毎日手伝う、バイトで常に他者貢献を意識する)
・友達と思いっきりテニスをする
ヒッチハイクで日本一周の旅をする
 
充実感を増やしていけば、自己肯定感も上がるため、日常的に不安を感じることも減っていきます。
不安が減れば、依存は次第に減っていきます。
僕はこれらの行動のおかげで何とか克服出来ました。日本一周にはかなり助けられました。
 

子供を依存から守るには

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さて、依存の正体について見てきました。

最後に、子供を依存から立ち直らせるにはどうすれば良いかについてまとめていきます。

 

これまでの内容にのせて考えると、

依存状態にある子供は、何かしらの不安を抱えていて、その不安を瞬間的にごまかすために、快楽的行動を行っている」と考えられます。

こういった子供に対して、大人と同様に充実感を高める行動を選択させることは一つの手段といえるでしょう。

 

しかし、子供は自己肯定感の生成段階にあるので、直接的に自己肯定感を育む教育に注力したほうが効果的だと個人的に思います。そのために、親や周囲の大人は受容的な態度で接することが基本となってきます。

 

そのため充実感を重視させる時も、親が子供の意志に反して無理に行動を決めてしまっては本末転倒です。あくまで、自己肯定感を育むことを念頭に、協力的な態度で行動を選択させることが大切です。

 

※自己肯定感を育む教育については、また別でまとめていきます。

 

最後に

依存から克服することは簡単ではありませんが、自分を大切にする行動をとれば大人も子供もちゃんと克服できます

読んで頂いた方に、何か1つでも参考になることがあれば嬉しいです!

最後まで読んで頂きありがとうございました!

 

10日間の瞑想合宿で心がシンプルに整理された話②~実践編

こんにちは!

昨日のブログでは、

心は気まぐれで、無意識のうち煩悩を生み出すこと

煩悩は、i.渇望 ii.嫌悪 iii.妄想の3つに分類されること

つについてまとめました!!

(今回の内容を理解する為には、先に目を通した方がいいかもしれません)

asulog.hatenablog.com

 

今日は、これらの煩悩との付き合い方についてです。

僕の体験記も交じってきますが、煩悩との付き合い方を変えて、自分の中の思考がすっきり整理されたので、その体験をシェア出来ればと思います!

 

そもそも煩悩は悪いことなのか?

まず最初に、煩悩は悪いものなの?っていう前提から簡単に見直します。

 

結論から言えば、煩悩は悪ではないと個人的に考えています。

実は煩悩は、僕たちが人間である以上、切っても切り離せない関係にあります。

 

例えば、食欲、性欲、睡眠欲といった3大欲求も、煩悩の1つである渇望に分類されます。しかし、これを否定してしまえば、僕たち人間は生きることも、子孫を残すことも出来なくなります。

 

ポイントは、煩悩はあくまで苦の(ストレスを感じる)原因となりうるということです。

 

本質的な問題は、「執着」すること

 では、本質的には一体何が問題なのでしょうか。

実は、煩悩に執着してしまう態度こそが苦(ストレス)を生み出す直接的な原因です。

ちなみに執着とは、ひとつのことに固執してとらわれることです。

 

無意識に生み出された煩悩に気付かずに、盲目的にとらわれてしまうことで、気持ちがもやもやするといった状態が発生します。

実際に、鋭い自己観察力を備えているごく一部の人を除き、大部分の人は心が自然に生み出した煩悩に無意識のうちに固執してしまい、勝手にイライラしたり、もやもやしたりしているのではないかと思います。

 

職場での人間関係を例に挙げてみてみます。

どうしようもなく、苦手な人が職場にいて、その人に会うたびに「嫌悪感」が生まれるとします。ここでの嫌悪感は、自分の意志で生み出したものではなく心が勝手に反応して作ったものです。

この時点で、執着しなければこの嫌悪感とはおさらばです。(自然消滅していきます)

しかし、執着するとどうなるか。。

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この図のように、無意識のうちに連続的に思考が思考を生み、それとともに嫌悪感は増幅していきます。 

 

執着しないために、気付くことから

 さて、ここまでの大切なことを一言でまとめると、渇望や嫌悪といった煩悩に執着しないことです。

何回も書きましたが、執着は無意識のうちに行われています

したがって、執着しないためにはまずは意識的に気付くことが必要です。

先程の、職場の例で続きをみてみましょう。

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この図のように、煩悩に意識的に気付くことが出来れば、執着している状態から解放されることが出来ます。

ちなみに、このように自分の状態に気付いていることが今流行りのマインドフルネスのことです。

 

煩悩は相手にしなければ、勝手に消える

 

では煩悩に気づけたら、次はどうすればいいのでしょうか。

実は何にもしなくていいんです。

不思議なことに、そのまま自分の状態に気付いていれば、川のごとく勝手に煩悩は流れて消えていきます

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簡単に僕の経験を紹介します。

大学のスクーリングで、指導案の書き方を学ぶ授業を受けたときの話です。

実際に指導案の書き方を習い、授業の最後に先生が代表で4人に模擬授業をしてもらうと言った。ここで、挑戦してみようという一心で立候補した。

けど結果は、ボロボロだった。頭の中ではイメージ出来ても、実際にやろうと思うと思った様に再生出来ない。

その後、他の大勢の生徒の前でボロカスにダメ出しをくらい、勝手な教育論を押し付けられ、終いには笑いのネタにされた。

僕のことを笑う他の生徒に対しても、「トライもしないやつに、俺を笑う資格なんてあんのかよ」っていう嫌悪感もわいた。

 

けど、自分が出来ていないのも事実だったから、純粋に悔しかった

僕の中に、惨めさ、怒り、悲しみ、色んな感情が湧いた。

 

この時に、初めて自我が暴走していることに気づき自分の状態に気付くことに徹した

すると、さっきまでの嵐が、徐々におさまっていくのを感じた。

本当に不思議な経験だった。

 

最後に...手っ取り早くマインドフルになるには瞑想やヨガが一番

今日は、煩悩に気付いて執着せずに、そのまま観察し続けるという話でした。

実際にそんな自分の状態に気付いている(マインドフルネスな)状態になるためには、日頃から瞑想やヨガを通じて呼吸に集中する習慣をつけることが一番効果的です。

僕自身も、スクーリングで自分の心をコントロールした時は、呼吸に集中していました。

もし、読んで頂いて少しでも興味がわいた方は、気軽に挑戦してみてはいかがでしょうか。

今回の内容は奥が深く理解が難しいかもしれません。何かありましたら、お気軽にご質問ください!

 

10日間の瞑想合宿で心がシンプルに整理された話①~理論編

こんにちは!

皆さんは、自分の心のこと理解していますか?

心の仕組みをいったん理解すれば、人生はめちゃくちゃシンプルになります!

下手な自己啓発本とか読みあさるより、よっぽど自分のためになると個人的には思っています。

今日は、ちょうど一年前に僕が参加した10日間の瞑想合宿で学んだことをシェアしていきます。

(※瞑想は原始仏教がベースになっています。今回の内容もその考えに則りますが、変な宗教色は皆無なのでご安心ください)

心は気まぐれなもの

心の大きな特徴は、心は気まぐれであることです。

瞑想をしていて感じたのは、自分の意志に反して、心は勝手に動き出すということ。

 

日常の例を挙げると、「勉強を1時間集中しよう!」と意気込んでいたにも関わらず、気付けば昨日友達と遊んだことや、さっき食べたランチのこととかに思いを巡らせ、気が付けばいつの間にか勉強のことを忘れてしまうことがあると思います。

 

自分がどんなに意志を持っても、心はまるで生き物かのように過去未来を行き来し、今この瞬間からふらっとどこかへ姿を消してしまうのです。

無意識で心を今この瞬間留めておくことは難しく、鋭い集中力が必要です。

 

まだまだ、気まぐれの理由はあります。

例えば、一週間後にデートの約束をして、ウキウキで楽しみで仕方がないとします。

それにも関わらず、不思議なことに前日になったら特に理由もないのにめんどくさくなってしまった。これも心が気まぐれな例です。

時間が経てば、心は勝手に変化します。

 

これはあなたのせいではなく、ぜーーーんぶただの気まぐれな心の性質なのです。

 

気まぐれな心は、煩悩を生み出す

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煩悩(ぼんのう)って聞いたことありますよね?けど、煩悩が何かハッキリと言える人は少ないと思います。

煩悩は、渇望、②嫌悪、③妄想の3つに分けられます。

仏教ではこれらの煩悩=苦の原因として考えられています。

つまり、人生においての苦しみは、この3つが原因ということです。

 

苦しみは、言い換えるとストレスのことです。

(僕の体感だと、ほとんどのストレスの原因は①と②に集約されるように思います。)

心の気まぐれな性質上、私たち人間は煩悩(ストレス)に苦しまされることは当たり前のことなのです

何で、苦の原因になるのか1つずつ見ていきますよ。

 

①渇望

渇望は、欲望や願望のことです。

渇望が引き起こすは、欲求不満をイメージしてもらえたら分かりやすいです

欲しているけど、それが満たされない時、人は心的なストレスを感じます。

 

例として、現代人が特に持つ承認欲求で考えてみましょう。

 

「先生や親に褒められたい!」

「彼女にかっこいいところを見せたい!」

「友達に嫌われたくない!」

「会社で上司に気に入られたい!」

 

こう感じることって、誰しもありますよね。

僕自身も、テニスをガッツリしていた高校生の頃は、「コーチに認められたい!」という承認欲求が、モチベーションの原動力になっていました。

しかし、他者をコントロール出来ないのは当たり前のことで、コーチに認めてもらえることなんてほとんどありませんでした。

 

すると、どうなるか.....

別に直接何かされたわけじゃないのに、僕の心はずーっともやもやしていました。

このもやもやこそが、渇望が生み出した心の汚濁(苦の原因)というわけです。

日常生活の中では、規模の大小はあるものの、もやもやは頻繁に起きています。

しかし、多くの人たちはそれに気付かず、心が曇ったまま盲目的に生活しているのです。

 

②嫌悪

嫌悪とは、文字通り嫌うことです。

何かを嫌うことって、実は心にとっては物凄く有害です。

 

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満員電車を例にとってみましょう。

この暑い時期の中、あなたは満員電車に乗ったとします。

とにかく、むさくるしい。

それに追い打ちをかけるように、イヤホンからの音漏れ、きつい香水、電話の会話といったマナー違反があなたを襲います。

さて、あなたの心は静寂を保てていますか?

 

人によって差はあるものの、むさくるしいことや、マナー違反に嫌悪感を抱くのが普通でしょう。この時もまた、心はすっきりした状態とはかけ離れもやもやしているはずです。

このもやもやも、嫌悪という行為が生み出した、心の汚濁(苦の原因)というわけです。

この嫌悪の行為の対象は、自分に対してもあてはまります。

自分に対して抱えているコンプレックスや、過去の言動への後悔などは、嫌悪の対象となります。

 

③妄想

妄想は、過去や未来のどうしようもないことに思いを巡らすことです。

過去や未来のコントロール出来ないことをうだうだ考えていると、それは渇望嫌悪を生み出す原因となります。

 

簡単に例を見てみましょう。

昨日友達(家族)と旅行に行ったとします。

 

もうね、めちゃくちゃ楽しかった!!

美味しいもの食べて、、、

みんなで騒いで、、、

最高の景色見て、、、、、、

やべーー、また行きたい!!(渇望)

 

ここで、渇望が生まれました。この程度ならまだいいと思われるかもしれません。

しかし、現実にはいつも通りの毎日の生活が待っていて、あの楽しかった時とのギャップの差で、次第に虚しさが沸いてきます。

もしすぐまた旅行に行くことが出来ればいいのですが、行けない場合、欲求不満に陥る負のサイクルが出来上がってしまいます。

 

未来も同様です。

一週間後に大事な試験を控えているとします。

今週の試験受かるかなー。

もし受からなかったらどうしよう。

俺の将来、やばいかもなー。

うわあああああ。

 

さすがに「うわあああああ」まではいかないにしても、未来のことを妄想していると不安感が生まれます。

けどこの不安なんて、本当に起こるかどうかもわからないし実際はどうしようもないんです。

こんなどうしようもないことに、不安を感じていれば、心はすっきりした状態とはかけ離れもやもやしているはずです。

 

※意図的に過去を振り返ったり、将来の目標設計などを行うことに関してはここには含まれません。

 

気持ちのもやもや=煩悩(苦の原因)のサイン

ここまで、3つの煩悩を整理しました。

勘のいい方はお気づきだと思いますが、

気持ちがもやもやしている時は何かしらの煩悩にやられているサインです。

 

気持ちがすっきりとしている時は、渇望嫌悪妄想も無く、心が自然本来の働きをしている状態です。

この状態をキープしていければ、今この瞬間を最高に楽しめるようになります。

 

まず「気付く」こと

じゃあ、煩悩とうまく付き合っていくにはどうすればいいのか。

それにはまず、自分の状態に気付くことが大切です。

自分の状態に気付いていれば、無意識に生み出された煩悩と対峙することが出来ます。

 

この「気付いていること」こそが瞑想の入口と言ってもいいと思います。

 

とりあえず、理論編はここまでです!

ここからは、僕が瞑想合宿を通じて経験したことを踏まえての話になるので、もしかしたら腑に落ちる理解が難しいかもしれません。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

(続きはこちら)

asulog.hatenablog.com

人生をかけて挑戦したいことはありますか?

こんにちは。ウチダトモヤです。

皆さんには、人生をかけて挑戦したいことがありますか?

夢や想いは、人生において大切な指針となり、人生をより味わい深いものにすると僕は思います。

今日は、僕の想いを原点から立ち戻りシェアしていきたいと思います。

 

僕の想い

僕には人生をかけて実現したい想いがあります。

それは、

一人一人の価値観が受け入れられる社会、

人が最高に生き生きとした社会を作ること!

 

僕がなぜこの想いを抱くようになったのか。

起源は幼少期の人格形成まで遡ります。

 

周囲の目を気にするようになった過去

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僕は小学生の頃からテニスと共に育ちました。

全国大会の常連チームで練習は厳しく、小学生の頃は嫌々テニスをしてた記憶しかない。練習は本当に苦痛で仕方なかった。

 

なんとなくの流れで、高校でもテニスをした。

熱心なコーチと両親のサポートのお陰で、インターハイにも出場することができた。

 

ただ、いつしか気付いた頃には、

自分のためではなく他人のためにテニスをするようになっていた。

とにかく親やコーチの期待に応えることだけに必死だった。

 

そして、大学に入学する頃には

自分の軸を持たず、周囲の意見に依存する空っぽの人間になっていた。

当然、自信なんて皆無で、周囲の目を気にするようになった。

 

転機が訪れたのは留学

大学入学後、とりあえず時代の流れにのって英語を勉強しようと考えてた時に、たまたま交換留学の存在を知った。

 

日本での生活に息苦しさを感じていた僕にとって、アメリカへの留学は解放されるための唯一の道だった。今思うと、ただ単にすべてのしがらみから解かれたかっただけなのかもしれない。

 

留学するためには、TOEFLGPAが必要で条件を半年で満たすに、毎日10時間以上図書館にこもって必死に勉強した。 

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価値観がぶっ壊れたカルチャーショック

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念願のアメリカへの留学が実現した。

 

そこで目の当たりにしたのは、

自信に溢れてて当たり前のように自分の意見を堂々と主張する人々

オープンマインドで他者の価値観を受け入れる風潮

個人主義でさっぱりとした人間関係

細かいことを全く気にしない大らかな人たち

何をしていても許される自由な世界

自分が何歳であろうと、やりたいことや夢に向かって自分で責任を持ち真っ直ぐ進む人達

だった。

 

「すげー、こんな世界があるんだ!!」

 

僕の中に大きな衝撃が走って、自分の中にあった今までの小っちゃな世界観が崩れていったのが分かった。

僕はこの地で、色んなことに挑戦し、自分らしさを取り戻していった。

(詳しくはこちらをどうぞ!)

asulog.hatenablog.com

 

新たな問題意識が生まれた逆カルチャーショック

 海外に出ると、日本の良さや悪さが見えるとは、よく言われている。

現に、僕はアメリカから日本に帰国して大きな衝撃を受けた。

 

感情を無理に抑え込んでいる人

自分の気持ちに素直じゃない人

小さくて細かいことをいちいち気にする人

他人と比べる人

無目的に生活する大学生

価値観の受容と共有が苦手な社会

 

もちろん、日本の良いところもたくさん再認識した。

けど、僕にとってその何百倍も日本人の特性が衝撃的だった。

そして、そんな日本人が全然生き生きとしてなくて社会がどんよりしているように見えた。何か全然幸せそうに見えなくて、とにかくショックだった。

 

この時に初めて、「あー、これは何とかしないとな。」って問題意識を持つようになった。

 

 就活での迷走

 就活では、仕事を通じて「人が自分らしさを大事にして、生き生きとさせるきっかけを作りたい」という想いを軸におき、人材系の会社を中心に受けた。

そして比較的早い段階で、3社から内定を頂いた。

 

「けど、本当にこれでいいのか?」

 

心の中でどこか本質を欠いているような違和感を感じていた

 

違和感の正体

違和感の正体は、問題の本質を捉えていなかったからだった。

なぜ、日本は閉鎖的なのか?

なぜ、日本は多様な価値観が認められないのか?

なぜ、人は生き生きと出来ないのか?

 

その根本にあったのは、自己肯定感希薄さ。

僕は、これが問題の本質と捉え、日本人の自己肯定感を高めること」に着手したいと考えた。

 

 教育への道

 じゃあ日本人の自己肯定感を高めるにはどうすればいいのか?

答えは教育にあると思った。

 

そもそも自己肯定感は、自我の発達段階である幼・小・中・高の影響を受けやすいこと

その時に、生育環境や親や教師といった周囲の大人の影響を強く受けること

 

子供の人格形成に携わることが出来る教育に強く関心を持つようになり、内定を辞退して教育の道に進むことを決意した。

 

これから僕がやりたいこと

大学を2016年に卒業して、2017年7月現在、僕は教員免許を取得するために通信制の大学に通っている。

その傍ら、子供の発達支援に携わらせてもらったり、テニスコーチとして子供の成長を見守ったり、ヒッチハイクで日本一周したり、自転車旅をしたりやりたいことをやっている。

asulog.hatenablog.com

 

とりあえず、教育の道に進むにあたりまずは学校現場に潜り込みたいと思っている。

そこで、学校の内側から問題に取り組みたい!

そして、「相手を受容して信頼関係を作って認めることで自己肯定感を育ませて自分のアイデンティティ(価値観)に気付かせて自己実現を手伝う」ことを行っていこうと思ってる。

 

 もっと先の長期的な展望

 もちろん学校で一教員として働くことも悪くない。

けど、それじゃあ影響力の範囲は教室の中にとどまって限定的だしもっと広くたくさんの子供に影響を与えていきたいと思っている。

 

だから学校現場の中から問題と向き合って、また新たな気付きを得たとき、

自己肯定力自己実現力を育んでやれる環境を自分で作っていきたい!」と思っている。

その手段は、どんな形になるか、今は全くイメージ出来ない。

 

けど、

この137億年の膨大な宇宙の歴史の一瞬を共にしている、同時代の人達と幸せを共有出来たら、そんな最高なことはないと思っている。

 

最後に

最後まで読んでくださりありがとうございました!

「想い」は、誰しもが必ず持っており、自分の気持ちに素直になれば、自ずと言語化されます。

このブログを通じて、一人でも多くの方に何か大切な気付きを与えられたら嬉しいです。

 

 

教育者必見!自立させるためには、「矛」と「盾」を持たせろ!

先日、教育の本質は自立ということをまとめました。

(こちらを読んでからのほうが今回の内容は理解しやすいかもしれません。)

しかし、「自立」という目的が広く共有されたとしても、そこから実際に何をすればいいのか分からず具体的なアクションに踏み込めない人が大勢いるのが現状ではないのでしょうか。

今日は、自立させるために必要なことついて分かりやすくまとめていきます。

 

自立とは、自己実現

そもそも皆さんは自立とは何か考えたことがありますか?

「自立している人」と聞いてどのような人を思い浮かべるでしょうか。

経済的自立している人?身体的自立している人?

精神的自立している人?健康的自立している人? 

一般的な認識では、このように使われることが多いと思います。

 

しかし、教育においての自立は自己実現だと僕は考えています。

どれだけ勉強が出来ようと、どれだけお利口な子供であろうと、自分の夢や想いを実現しようとしなければ、それは一体何のための教育だったのでしょう。

 

自分の素直な想いを追いかける生き方は、人を生き生きとさせます

そんな状態こそ、自立していると僕は考えます。

 

 

 自立に必要なのは、「矛」と「盾」

では、その自己実現のためには、何が必要か。

実は、とてもシンプルで必要なものはつだけです。

 

それはと、、、

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を身に着けること。

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この例えでピンときた方もいらっしゃると思います。

 

矛を持たずして、自分の力で社会の道を進むことは出来ません。

同時に盾を持たずして、社会の荒波をくぐり抜けることは出来ません。

 

つまり矛とは、人生を切り拓く力

そして盾とは、外界から自分の身を守る力です。

 教育は全て、この2種類に分類されます。

 

 矛の教育

 矛は、人生を切り拓く力。これは時代によって大きく変わります。例えば、刀が使われてた時代なんかは、戦の為に剣術の教育がされていました。まさに文字通りの矛の教育です。

そして現在では、学校現場が推進しているアクティブラーニングなんかはこの矛の教育に該当します。

具体的な能力を幾つか例を出すと、

・論理的思考能力

・課題発見解決能力

・創造力

・リーダーシップ

・行動力(自己効力感)  etc.

自己実現の道に応じて、当然必要となる矛(力)は変わってくるので、自分の夢を設計することがとても大事です

 

盾の教育

盾は外界から自分の身を守る力。
つまり、幸せを感じるための力や、ストレスマネジメントの力も盾に分類されます。

自己肯定感

・多様な価値観を受容する力      etc.

 

盾は、矛を活かす為に重要な能力ともいえます。例えば、長年思い描いていた職業につけたとしても、人間関係などのトラブルでリタイアしてしまっては自己実現が出来たとは言えません。

この21世紀の時代は、外界からの刺激が多すぎて絶対的な精神的豊かさを育むことは容易ではありません。しかし、このストレス社会で自己実現をするために、自己肯定感はとても重要だと個人的に考えます。

 

鋭い矛は人を守れる

最後に、矛と盾の特徴を簡単にまとめます。

洗練された矛は自分だけではなく他者を守れるように、矛を磨くことは、社会全体の幸福感を高めることに貢献することが出来ると思います。

また盾を磨いて自分を十分に守ることができれば、その分矛は他人のために使えるようになります

どちらも、自己実現のために必要な力であって、人のために使うことが出来る素敵な道具です。

両者ともしっかり育んでやれるといいですね。