MUJO

教育に関心を持つ日本一周ヒッチハイカーが儚き世を刹那的に楽しみ、明日も最高に立ち向かうための考えを発信していきます。

教育の本質は「自立」させること

これはどんなことにも言えると思いますが、本質を見極めることって、とても重要です!!

どんだけ頑張って問題にアプローチしても、本質を捉えてなければ結局空回りしてしまいます。

それで今日は、教育そのものにスポットライトを当てて、そもそも教育とは何ぞやということを、僕の意見を交えながらまとめていきたいと思います。

 

教育は普遍的なもの

ゾウも、、、

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トラも、、、

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キリンも、、、

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そして、我々人間も、

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ほぼ例外なく全ての動物は、誕生から独り立ちするまで親に育てられます。

これは、自然の摂理です。 そして、その目的も全てに共通しています。

 

教育から何を連想しますか?

恐らく、このブログを読んでくださっている全ての方は、教員やお子さんをお持ちの方でなくとも、既に教育者として教育に携われていると思います。

・部活やサークルでの後輩指導

・バイトや仕事での研修

・セミナーや講和、スピーチ

といったものから

・日常で友達にする相談

・ネットでの情報発信

といったものまで、捉え方にによっては、ほぼ全ての方が広義の教育に携わっていると考えられそうです。

 

そんな、誰しも身近な教育ですが、一般的に教育は「教える」の部分が重要視される傾向にあります。

・テニスサークルの後輩に、ボールの打ち方を教える

・バイトで必要な技術を教える

・恋愛相談で、異性の口説き方を教える

 

教えることって、すっごく手っ取り早いので、日常でかなり多用されます。

しかし、これは教育の本質ではなく、あくまで一つの側面に過ぎません

 

教育のもう一つの側面は「育」

ウィキペディアでは、教育はこう定義されています。

教育は、教え育てることであり、ある人間を望ましい状態にさせるために、心と体の両面に、意図的に働きかけることである。

この「育てる」部分が教育の持つもう一つの側面です。

つまり、教育=「教える」+「育てる」が成り立つのであって、「教える」だけでは不十分であるということ。

「教える」と、「育む」、この2要素を意識するだけで、教育の質はグンと良くなります。

※育む教育の側面については、別で取り上げてまとめていきたいと思います。

 

そして、教育の本質的な目的は自立させること

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色々見てきましたが、教育の本質は自立させることだと僕は考えます。

ボールの打ち方を教えることも、仕事の技術を教えることも、異性の口説き方を教えることも、マナーを教えることも、人間性を養うことも、全部自分の力でこなすための自立に向かっています。

トラの赤子も、体が小さいときは、天敵となりうるヒョウから隠れながら、体が大きくなって狩りが一人前に出来るようになるまで、身を守る術を学んでいきます。つまり自立に向かっていきます。 

 

逆説的に言えば、依存させるような教育は本質を外していると言えそうですね。

例えば能力的には力があるにも関わらず、あなたがいないと出来ないというのは、精神的な自立が行えていないと考えられそうです。

広い意味でも教育に携わる方、「相手を自立させる」ことを考えながら、教育を行ってみてはいかがでしょうか。

 

(自立を深掘りした記事がこちらです)

asulog.hatenablog.com