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教育に関心を持つ日本一周ヒッチハイカーが儚き世を刹那的に楽しみ、明日も最高に立ち向かうための考えを発信していきます。

10日間の瞑想合宿で心がシンプルに整理された話①~理論編

こんにちは!

皆さんは、自分の心のこと理解していますか?

心の仕組みをいったん理解すれば、人生はめちゃくちゃシンプルに見えます。

下手な自己啓発本とか読みあさるより、よっぽど自分のためになると個人的には思っています。

今日は、ちょうど一年前に僕が参加した10日間の瞑想合宿で学んだことをシェアしていきます。

(※瞑想は原始仏教がベースになっています。今回の内容もその考えに則りますが、変な宗教色は皆無なのでご安心ください)

心は気まぐれなもの

心の大きな特徴は、心は気まぐれであることです。

瞑想をしていて感じたのは、自分の意志に反して、心は勝手に動き出すということ。

 

日常の例を挙げると、「勉強を1時間集中しよう!」と意気込んでいたにも関わらず、気付けば昨日友達と遊んだことや、さっき食べたランチのこととかに思いを巡らせ、気が付けばいつの間にか勉強のことを忘れてしまうことがあると思います。

 

自分がどんなに意志を持っても、心はまるで生き物かのように過去未来を行き来し、今この瞬間からふらっとどこかへ姿を消してしまうのです。

無意識で心を今この瞬間留めておくことは難しく、鋭い集中力が必要です。

 

まだまだ、気まぐれの理由はあります。

例えば、一週間後にデートの約束をして、ウキウキで楽しみで仕方がないとします。

それにも関わらず、不思議なことに前日になったら特に理由もないのにめんどくさくなってしまった。これも心が気まぐれな例です。

時間が経てば、心は勝手に変化します。

 

これはあなたのせいではなく、ぜーーーんぶただの気まぐれな心の性質なのです。

 

気まぐれな心は、煩悩を生み出す

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煩悩(ぼんのう)って聞いたことありますよね?けど、煩悩が何かハッキリと言える人は少ないと思います。

煩悩は、①渇望、②嫌悪、③妄想の3つに分けられます。

仏教ではこれらの煩悩=苦の原因として考えられています。

つまり、人生においての苦しみは、この3つが原因ということです。

 

苦しみは、言い換えるとストレスのことです。

(僕の体感だと、ほとんどのストレスの原因は①と②に集約されるように思います。)

心の気まぐれな性質上、私たち人間は煩悩(ストレス)に苦しまされることは当たり前のことです。

何で、苦の原因になるのか1つずつ見ていきますよ。

 

①渇望

渇望は、欲望や願望のことです。

渇望が引き起こす苦は、欲求不満をイメージしてもらえたら分かりやすいです

欲しているけど、それが満たされない時、人は心的なストレスを感じます。

 

例として、現代人が特に持つ承認欲求で考えてみましょう。

 

「先生や親に褒められたい!」

「彼女にかっこいいところを見せたい!」

「友達に嫌われたくない!」

「会社で上司に気に入られたい!」

 

こう感じることって、誰しもありますよね。

僕自身も、テニスをガッツリしていた高校生の頃は、「コーチに認められたい!」という承認欲求が、モチベーションの原動力になっていました。

しかし、他者をコントロール出来ないのは当たり前のことで、コーチに認めてもらえることなんてほとんどありませんでした。

 

すると、どうなるか.....

別に直接何かされたわけじゃないのに、僕の心はずーっともやもやしていました。

このもやもやこそが、渇望が生み出した心の汚濁(苦の原因)というわけです。

日常生活の中では、規模の大小はあるものの、もやもやは頻繁に起きています。

しかし、多くの人たちはそれに気付かず、心が曇ったまま盲目的に生活しているのです。

 

②嫌悪

嫌悪とは、文字通り「嫌うこと」です。

何かを嫌うことって、実は心にとっては物凄く有害です。

 

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満員電車を例にとってみましょう。

この暑い時期の中、あなたは満員電車に乗ったとします。

とにかく、むさくるしい。

それに追い打ちをかけるように、イヤホンからの音漏れ、きつい香水、電話の会話といったマナー違反があなたを襲います。

さて、あなたの心は静寂を保てていますか?

 

人によって差はあるものの、むさくるしいことや、マナー違反に嫌悪感を抱くのが普通でしょう。この時もまた、心はすっきりした状態とはかけ離れもやもやしているはずです。

このもやもやも、嫌悪という行為が生み出した、心の汚濁(苦の原因)というわけです。

この嫌悪の行為の対象は、自分に対してもあてはまります。

自分に対して抱えているコンプレックスや、過去の言動への後悔などは、嫌悪の対象となります。

 

③妄想

妄想は、過去や未来のどうしようもないことに思いを巡らすことです。

過去や未来のコントロール出来ないことをうだうだ考えていると、それは渇望嫌悪を生み出す原因となります。

 

簡単に例を見てみましょう。

昨日友達(家族)と旅行に行ったとします。

 

もうね、めちゃくちゃ楽しかった!!

美味しいもの食べて、、、

みんなで騒いで、、、

最高の景色見て、、、、、、

やべーー、また行きたい!!(渇望)

 

ここで、渇望が生まれました。この程度ならまだいいと思われるかもしれません。

しかし、現実にはいつも通りの毎日の生活が待っていて、あの楽しかった時とのギャップの差で、次第に虚しさが沸いてきます。

もしすぐまた旅行に行くことが出来ればいいのですが、行けない場合、欲求不満に陥る負のサイクルが出来上がってしまいます。

 

未来も同様です。

一週間後に大事な試験を控えているとします。

今週の試験受かるかなー。

もし受からなかったらどうしよう。

俺の将来、やばいかもなー。

うわあああああ。

 

さすがに「うわあああああ」まではいかないにしても、未来のことを妄想していると不安感が生まれます。

けどこの不安なんて、本当に起こるかどうかもわからないし実際はどうしようもないんです。

こんなどうしようもないことに、不安を感じていれば、心はすっきりした状態とはかけ離れもやもやしているはずです。

 

※意図的に過去を振り返ったり、将来の目標設計などを行うことに関してはここには含まれません。

 

気持ちのもやもや=煩悩(苦の原因)のサイン

ここまで、3つの煩悩を整理しました。

勘のいい方はお気づきだと思いますが、

気持ちがもやもやしている時は何かしらの煩悩にやられているサインです。

 

気持ちがすっきりとしている時は、渇望嫌悪妄想も無く、心が自然本来の働きをしている状態です。

この状態をキープしていければ、今この瞬間を最高に楽しめるようになります。

 

まず「気付く」こと

じゃあ、煩悩とうまく付き合っていくにはどうすればいいのか。

それにはまず、自分の状態に気付くことが大切です。

自分の状態に気付いていれば、無意識に生み出された煩悩と対峙することが出来ます。

 

この「気付いていること」こそが瞑想の入口と言ってもいいと思います。

 

とりあえず、理論編はここまでです!

ここからは、僕が瞑想合宿を通じて経験したことを踏まえての話になるので、もしかしたら腑に落ちる理解が難しいかもしれません。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

(続きはこちら)

asulog.hatenablog.com