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教育に関心を持つ日本一周ヒッチハイカーが儚き世を刹那的に楽しみ、明日も最高に立ち向かうための考えを発信していきます。

【覚悟】日本の教育を変えるために僕達が立ち向かわないといけないこと

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「教育で子供を救う」とか、「教育で日本を変える」とか「子供を幸せにする」とか口ではいくらでも大きなことを言える。

けど、それで実際に何をするの?って言われると、抽象的な答えしか出てこない。

 

僕がまさにそうだ。

僕は、教育を通じて子供に「自立」を与えたいって思ってきた。

この自立の定義は、①自己肯定感を持って②自己実現に踏み出すこと

 

そのために、子供の価値観を絶対的なものとして受け入れて、受容的な態度で接することこそが、自己肯定力を養うために必要なことだと僕はずっと思ってきた。そうすれば自己効力感が高まって、自己実現にグンと近づくのだから。

もちろん、この姿勢は間違っていないと思う。

 

けど、まだまだ抽象的だった。理想の教育論ばかりが先行して、リアルな教育現場でのシュミレーションを無意識の内に自分の中で避けていた。

 

 リアルな教育現場で起きているリアルなジレンマ

 日本には、教育への情熱を持っている人がたくさんいる。僕もその一人だ。

けど、そんな僕らが闘わないといけない相手ってなんだろうか。

 

子供ではない。子供と向き合うことは最重要だけど、「闘う」相手ではない。子供はあくまでも、被教育者だ。仮に、子供が非行で攻撃的で乱暴であろうと、僕たちは闘うのではなく「向き合う」ことをしなければならない。

 

僕たちが、一番に闘うべき相手は、

そんな子供の自立を妨げている社会の固定観念や、おかしな学校の体質だ。

これらが、冒頭で述べた子供達を自立させたいという想いの実現を妨げる。

どういうことかというと、子供を自立させるために合理的なことでも、社会の固定観念や古い学校の体質によって、非合理的教育方法を選択せざるを得ないジレンマが起きるということだ。

これが原因で、学校教育は変化していかない。

 

例えば、授業中に、寝ている子やスマホをいじる子、立ち歩いて問題行動を起こす子等、色々いるとする。

自立させる教育をするためには、まずこの子供達を受容することが第一だ。この子達の問題行動の背景には、家庭の問題や、自己肯定感が欠如していることが考えられるから。さっきも言ったように、この子供達は被教育者であって我々に助けを求めているのだ。

 

 けど現実的にそれらの問題行動を受け入れると、授業は成立するのか?

他の生徒はどうなる?授業計画は?学習指導要領は?そして、保護者は何て言う?

結果として多くの学校で起きていることは、学校システムや世間の当たり前になっている固定観念のレールからはみ出た子供が犠牲となる。

本人たちも好きで問題を起こしているわけではないのに。

 

日本の教育を変えるためには、僕たち教育者がこれらと闘う覚悟を持つこと

全ての子供たちを自立させようと思うと、こうして幾つもの壁が教育者の前に立ちはだかる。学校だけじゃなく、地域の人や保護者の人も同様だ。

 

けど、こんな学校教育はおかしい。子供を自立させて幸せにするための教育のはずなのに、そこには目的に反したたくさんの矛盾がある。それが今や当たり前になっている。

 

僕は関わる子供全員を幸せにしたいし、もっと自分に力をつけて、影響力を拡げていきたい。

 けど、学校の内側から変えていくためには、前に述べた社会の固定観念を取っ払って、矛盾している学校の体質と対峙していく必要がある。

僕たち教育者はその覚悟を持たなければならない。

 

それぞれが持つ自分の強みを使って、「本当は子供の為になっていないけど、当たり前になってしまっていること」を変えていかなくてはいけない。

 

今の教育は、本当に子供の自立(自己肯定感+自己実現)に貢献できているか、教育に携わる方はもう一度見つめなおしてほしい。

僕も、これからは教育現場で起きているジレンマを現実的に解決するアイデアを思考していこうと思う。

 

問題意識を持った人がやってかないと、日本は変わっていかない。