MUJO

教育に関心を持つ日本一周ヒッチハイカーが儚き世を刹那的に楽しみ、明日も最高に立ち向かうための考えを発信していきます。

人に優劣なんてあるの?年齢性別関係なくフラットな社会を見てみたい。

こんにちは。

僕たち人間は、勝手に人にラベル付けを行って、無意識の内に優劣の判断をしています。見た目、年齢、性別、信仰、能力、人種、出身地...。

けど、一体何をもって優劣とするのだろうか。

 

これは、一昔前に話題になった動画だ。


Love Has No Labels | Diversity & Inclusion | Ad Council

仮に、もし僕たち人間が可視光線ではなく、X線しか見ることのできない生物だったらどうだろう。

レントゲンを通してみるように、人はどれもガイコツにしか見えない。そこに、優劣は存在するのだろうか。結局どんな人間だって、29種の元素と60兆の細胞の集合体に過ぎない。

 

こうやって考えると、僕たち人間が日常でいかにラベル付けを行っているか分かる。

 

能力と人を切り離して考える

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例えば、僕たちは学校で、先輩後輩関係というものを叩き込まれる。そこで、後輩よりも先輩の方が偉いという刷り込みが無意識のうちに行われる。

けど、ここで忘れてはいけないことは、先輩が後輩よりも優れているのはあくまでも経験値能力であるということ。

年齢が上だから偉いというわけではない。

人自体の価値は、さっきのガイコツの動画の様に、等価だと僕は捉えている。

人を差別することや、職場でパワハラをする人は、ここの認識を間違えているというわけです。

 

比較の限界。全ての人には得手不得手がある

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能力と人を切り離して考えることは、とても重要です。

なぜならば、切り離してみると、完全に人に優劣をつけることって出来なくなりませんか?

 

例えば、頭の回転が速い人もいれば、アイデアを生み出すのが得意な人もいて、行動力がある人もいれば、社交的な人もいる。

これらの価値基準って無限にあって、全ての点で優れていることなんてありえません。

人は、美人だとかお金持ちだとか、1つの価値基準だけでその人全てを判断してしまいがちです。しかし、人と能力を切り離して考えると、本質的に人には優劣がつけられないことに気付きます。

 

優劣をつけるデメリット&優劣のない世界を見るために

f:id:tombo10bu:20170820235016j:plainYoutubeより)

優劣をつけると、優越感を感じることもあれば、劣等感も感じます。ただ、比較した後の後味は、どちらにしろ虚しい。だって、優越感を感じていても、自分では、自分よりもさらに優れている人がいることを知っているから。

 

優劣のない世界は実現するか分からないけど、もし存在するとしたら冒頭の動画のように、人が人を「人間」として捉えることが出来た時です。

本田圭佑と会って話せる」と思うと緊張しますが、「人間と会って話す」と考えると優劣のラベルが剥がれるでしょう。

視覚バイアスがかかって、完全にラベルを剥がすということは難しいんだろうけど、ちょっと見方を変えるだけで、世界は全く違って見えます。

 

もし、自分が人との優劣を感じていることに気付いたら、

①同じ人間であること

②能力と人を切り離すこと

を思い出してみてください。新しい気付きがあるのではないでしょうか。

 

僕が伝えたかったこと

僕が伝えたかったことは、年齢・性別関係なくフラットな社会になればいいなってこと。

相手のことを変に卑下したり、ごますりしたりするのではなく、互いの良いところを認め合って、尊敬的な態度で接することが出来る社会になればいいと思う。

そうすれば、お互いがお互いの価値観を受け入れられる幸せな社会に一歩近づくと思う。

そのためにも、今日読んで頂いた方には、人は等価であるってことを認識してほしい。

 

 最後まで読んで頂き、ありがとうございました!