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教育に関心を持つ日本一周ヒッチハイカーが儚き世を刹那的に楽しみ、明日も最高に立ち向かうための考えを発信していきます。

人生がワクワクしていないあなたへ。「超つまらない人間」になっていた自分を分析して分かったこと

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今からちょうど3か月前、僕はヒッチハイクで日本一周を終えた。ちょうど、このブログを始めた頃だ。

 

常識のしがらみから解放されて、世の中の本質がちょっとずつ見えてきて、

成功体験が積み重なったことで、新たに挑戦することが楽しくて楽しくて仕方なくて、

諸行無常に移りゆく、儚なき世に、美しさを感じていた。

 

噴水のように内側からワクワク感が絶えることなく湧き出てきて、毎日がとても充実していた。

 

あれから3ヶ月たった今、このワクワク感が本当にここにあったのかも分からないくらい、どこかへ消え去ってしまった。

それはまるで、自分の体内にあったはずのエンジンをごっそりと引き抜かれてしまったような感覚だ。

 

面白い人とつまらない人

あなたは、自分自身のことを

「面白い人間」だと思いますか?それとも「退屈な人間」だと思いますか? 

 

人はそれぞれ、自分へのセルフイメージを持っていて、そのイメージを自分の理想と照らし合わせて評価付けをしています。

自分のセルフイメージが理想に近ければ、自分のことを「面白い人」と判断するでしょうし、もし遠ければ自分のことを「つまらない人」と否定してしまうかもしれません。

 

この自己評価ってとても大事なことです。

もし自分のことを面白い人間と思えていたら、人生の大部分を面白いと感じるだろうし、 もし自分のことをつまらないと思っていたら 、人生の大部分がつまらなく感じるだろうから。

 

それは、自分のことが好きな人ほど、人生の幸福度が高いのと似ていて、人はたくさんのフィルターを通して外界を見ている。この自己評価もそんなフィルターの一種だ。

 

気付いたらワクワク感が消えていた

 エンジンを失い、ワクワクしなくなってしまった僕は、子供たちと接することが、段々と作業的になってきた。

仕事中も、早く終わんないかなーなんて考えてしまうこともあって、しまいには、周りから「最近暗い」と言われる始末だ。

 

別に、何かあったわけじゃない。

というより、何もなかったここそが問題だった。

いわゆるマンネリ化というやつだ。

 

人が「つまらない人」になるのは、新しく行動することを辞めたとき

人は、現状を維持しようとするだけでは、確実につまらない人間になっていくことが分かった。

それは、時間が経つにつれ人は環境に慣れていくから。

 

人間は、徐々に水温が上昇して、鍋の中で茹で上がっていくカエルを見て、「バカだなー」と嘲笑するけど、そんな「慣れ」は人間にも身近に起こるものだ。 

僕自身、恐ろしいもので、自分が「茹でガエル状態」になってることに全く気付きもしなかった。

 

いかにもありがちだけど、僕は 常識や凝り固まった価値観にすっぽりと収まってしまっていた。

 

→それが原因で、いつしか常識に囚われた「守り」の姿勢になってて、
→それが原因で、自分の中から主体性が失われて、
→それが原因で、自分のやってる教育がつまらなくなって、
→それが原因で、子供と遊ぶにしても、どこか自分の中で矛盾してて、
→それが原因で、心の底から、ワクワク出来なくなってしまった。
 
なぜ、こんな風になってしまったかというと、
行動を止めてしまったこ
が一番大きな理由だ。
グツグツ鍋が煮え始めているのに、僕は鍋の中から飛び出すことをしなかった。
 
その結果、すっかりと茹で上がってしまったのだ。
 

面白くあり続けるための合言葉

じゃあ、茹でガエルにならないためにはどうすればよいのか。
その方法は、行動を起こし続けることだ。言うは易し行うは難しだが、もうこれしかない。
 
慣れてつまらなくなるのなら、どうすればもっと面白くなるのかひたすら考え続けることだ。
その合言葉が
 
「今よりも」だ。
 
どうすれば今よりも、楽しくなるのか。
どうすれば今よりも、ワクワクするのか。
どうすれば今よりも、面白くあれるか。
 
人類文明がこれだけ進んだ今でもなお、我々は進化の歩みを止めないように、
僕たち人間一人ひとりも、
 
面白くあり続けたいなら、

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ずっとワクワクしていたいのなら、

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イキイキとし続けたいなら

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死ぬまで行動することは辞めてはいけない。
 
今よりもどうすれば、その状態に近づくことが出来るのか、命が尽きるその瞬間まで、ひたすら改良していく。もう一度いうが、言うは易し行うは難しだ。けど地道に歩き続けて、上昇していくしかない。
 
そう考えて日々を過ごせば、茹でガエルの状態から脱却出来るだろうし、何よりも最高に楽しく生きていけるだろう。

子供をみて確信に変わった

ちなみにこの記事は、3日ほどまたがりながら書いている。

そして、ちょうど今日、放課後等デイサービスに来ている子供たちをみて、この記事の内容が完全に腹落ちした。

 

毎日、同じ環境にいて、同じ玩具で、同じ友達と遊んでいるのに、どうして飽きずにワクワク遊べるのかという、長いこと抱えていた疑問が見事に解けたのだ。

 

彼らはずっと、「今よりも」どうすれば楽しくなるのかってことをずっと考えていた。

何よりも、遊びに対して真剣で、真っ直ぐに向き合ってるのだ。

そんな姿勢こそが、彼らが飽きずに、毎日楽しみにしながら遊びにきている理由なんだ、と強く心を揺さぶられた。

 

子どもたちには謝意と感謝しかない。

これから、僕はこの命が尽きるまで、今よりも楽しい人間であり続ける。

僕だけじゃない。この記事を最後まで読んでくださった方は、ぜひ一緒に楽しく生き続けてほしい。

そうすれば、人生はまだまだ楽しくなる。

未来は明るい。